March 23, 2008
国際連合に加盟していない国;中華民国すなわち台湾
設立メンバーのひとつである中華民国は、1971年までは安全保障理事会常任理事国であった。しかし、冷戦下の東西両陣営における微妙な政治バランスの下で、非同盟諸国を中心に台湾の国民党政府ではなく、北京の共産党(中華人民共和国)政府を支持する声が広がった。アメリカや日本は安全保障理事会常任理事国の地位を移譲した上で一般加盟国として国際連合に残る道を国民党政府に勧めた。しかし、国民党政府の蒋介石総統は、「三不政策」に沿って拒否した。
そのため、国際連合においての中国の代表権が中華民国から中華人民共和国に移ることとなる。これを受け、中華人民共和国が国連における「中国」の唯一合法的な代表として承認され、中華民国の代表は国連の議席から追放された(国連第2758号決議「アルバニア決議」)。
しかし、中華民国政府が拠点を置く「台湾」の代表権は未解決であり、中華民国政府は「台湾」名による国連新規加盟を求めている。2007年7月下旬、潘基文国連事務総長は、国連第2758号決議案を引用して陳水扁総統が提出した「台湾」名義による国連加盟を求める申請書の受理を拒否したが、2758号決議文は台湾の代表権問題を解決したものではないことや、申請書を安保理および国連総会に伝達しなければならないと定められた国連手続規則に違反しているとして批判されている。 「台湾問題」の項も参照。
アルバニア決議(あるばにあけつぎ)とは、1971年10月25日に採択された第26回国際連合総会2758号決議 (2758 XXVI. Restoration of the lawful rights of the People's Republic of China in the United Nations) 「国際連合における中華人民共和国の合法的権利の回復」を指す。長年にわたる国連における中国代表権問題にかかわる内容で、日本においては、提案国であるアルバニアの名をとって、アルバニア決議と呼ばれる。なお、アルバニアが関係する決議は他にもあるため注意が必要であるが、一般的には本決議を指す。
これにより、中華民国(台湾)は国連常任理事国の座を失い、中華人民共和国が国連常任理事国と見なされた。ただし、国連憲章の記載は未だに、中華民国が国連常任理事国であるため、中華民国がもつ常任理事国の権限を中華人民共和国が継承したと解釈されている。同決議に抗議する形で、中華民国は国連を脱退した。
経緯
中国大陸を統治していた中華民国(蒋介石率いる中国国民党)は、第二次世界大戦後に戦勝国として国連常任理事国に選ばれたが、その後毛沢東率いる中国共産党との国共内戦に敗北する形で台湾に事実上の亡命政権を樹立した。大陸を実効支配し中華人民共和国の建国宣言を行った中国共産党と、台湾を中華民国として実効支配した中国国民党は、戦後長らく対立関係のまま、それぞれ内政問題等に忙殺される形で、条約や協定のない実質的停戦状態に至り、分裂状態が固定化した。中国大陸(本土)を実効支配する中華人民共和国と、台湾で自由中国を標榜し国連常任理事国である中華民国は、それぞれ着目点によって一方が優勢・他方が劣勢にあったが、双方とも自政府が中国唯一の正統政府であるとの立場を崩さなかった。
中華人民共和国が国連に中華民国の追放を最初に提起したのは1949年11月18日で、以後「中国代表権問題」と呼ばれ、長らく提議されては否決され続けてきた。1964年第18回国連総会、1968年第5回国連緊急特別総会、1970年第25回国連総会においてもアルバニアなどより類似の提案がなされ否決されている。転機となったのは、アメリカがベトナム戦争にて泥沼化し、中華人民共和国の協力が必要となったためである。アメリカは中華人民共和国の協力を得るため、国連常任理事国の継承は合意したが、中華民国の国連追放までは考えていなかった。
中華人民共和国側は、「中華民国」の国連追放ではなく、「蒋介石の代表」の国連追放と文面を改め、当時友好国であったアルバニアを経由し「国府追放・北京招請」決議案 (A/L.630) を1971年9月25日に第26回国連総会に提出する。アメリカは、中華民国側に常任理事国のみ辞退し、国連議席を守るいわゆる「二重代表制決議案 (A/L.633)」を国連に提出するが、先に採決されたアルバニア決議案 (A/L.630) が通過する。表決に先立ち中華民国代表は“これ以上総会の審議に参加しない”旨宣言、総会議場から退場した。のち中華民国は国連(及び加盟する専門機関からも)脱退を宣言する。
そのため、国際連合においての中国の代表権が中華民国から中華人民共和国に移ることとなる。これを受け、中華人民共和国が国連における「中国」の唯一合法的な代表として承認され、中華民国の代表は国連の議席から追放された(国連第2758号決議「アルバニア決議」)。
しかし、中華民国政府が拠点を置く「台湾」の代表権は未解決であり、中華民国政府は「台湾」名による国連新規加盟を求めている。2007年7月下旬、潘基文国連事務総長は、国連第2758号決議案を引用して陳水扁総統が提出した「台湾」名義による国連加盟を求める申請書の受理を拒否したが、2758号決議文は台湾の代表権問題を解決したものではないことや、申請書を安保理および国連総会に伝達しなければならないと定められた国連手続規則に違反しているとして批判されている。 「台湾問題」の項も参照。
アルバニア決議(あるばにあけつぎ)とは、1971年10月25日に採択された第26回国際連合総会2758号決議 (2758 XXVI. Restoration of the lawful rights of the People's Republic of China in the United Nations) 「国際連合における中華人民共和国の合法的権利の回復」を指す。長年にわたる国連における中国代表権問題にかかわる内容で、日本においては、提案国であるアルバニアの名をとって、アルバニア決議と呼ばれる。なお、アルバニアが関係する決議は他にもあるため注意が必要であるが、一般的には本決議を指す。
これにより、中華民国(台湾)は国連常任理事国の座を失い、中華人民共和国が国連常任理事国と見なされた。ただし、国連憲章の記載は未だに、中華民国が国連常任理事国であるため、中華民国がもつ常任理事国の権限を中華人民共和国が継承したと解釈されている。同決議に抗議する形で、中華民国は国連を脱退した。
経緯
中国大陸を統治していた中華民国(蒋介石率いる中国国民党)は、第二次世界大戦後に戦勝国として国連常任理事国に選ばれたが、その後毛沢東率いる中国共産党との国共内戦に敗北する形で台湾に事実上の亡命政権を樹立した。大陸を実効支配し中華人民共和国の建国宣言を行った中国共産党と、台湾を中華民国として実効支配した中国国民党は、戦後長らく対立関係のまま、それぞれ内政問題等に忙殺される形で、条約や協定のない実質的停戦状態に至り、分裂状態が固定化した。中国大陸(本土)を実効支配する中華人民共和国と、台湾で自由中国を標榜し国連常任理事国である中華民国は、それぞれ着目点によって一方が優勢・他方が劣勢にあったが、双方とも自政府が中国唯一の正統政府であるとの立場を崩さなかった。
中華人民共和国が国連に中華民国の追放を最初に提起したのは1949年11月18日で、以後「中国代表権問題」と呼ばれ、長らく提議されては否決され続けてきた。1964年第18回国連総会、1968年第5回国連緊急特別総会、1970年第25回国連総会においてもアルバニアなどより類似の提案がなされ否決されている。転機となったのは、アメリカがベトナム戦争にて泥沼化し、中華人民共和国の協力が必要となったためである。アメリカは中華人民共和国の協力を得るため、国連常任理事国の継承は合意したが、中華民国の国連追放までは考えていなかった。
中華人民共和国側は、「中華民国」の国連追放ではなく、「蒋介石の代表」の国連追放と文面を改め、当時友好国であったアルバニアを経由し「国府追放・北京招請」決議案 (A/L.630) を1971年9月25日に第26回国連総会に提出する。アメリカは、中華民国側に常任理事国のみ辞退し、国連議席を守るいわゆる「二重代表制決議案 (A/L.633)」を国連に提出するが、先に採決されたアルバニア決議案 (A/L.630) が通過する。表決に先立ち中華民国代表は“これ以上総会の審議に参加しない”旨宣言、総会議場から退場した。のち中華民国は国連(及び加盟する専門機関からも)脱退を宣言する。














